自分にとって当たり前なこと

個人的なことだが、今日は休日だ。
幸い、ハッピーアワーという素晴らしい時間帯があり、
昼から近くのバーガー屋で、ビール片手にナゲットを頬張っている。

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僕は場を繋ぐ言葉が苦手だ。
日本に帰ってきて、そう思うことが多くなった。

「ダンスやってたの?踊ってよ!」
(そんなこと言われても、、、笑)

「スイスにいたの?英語喋ってよ!」
(いやまずスイスって英語圏じゃないし笑)

今までの人生で、同じような場面が何回もあった。ネタじゃなく結構真面目に言われる。
この言葉は、僕の中で自分勝手だなーと思う言葉Best10に入る。
ん、Worstになるか?よくわからないが。

厳密には、「ダンスやってたの?」「スイスにいたの?」まではわかる。
興味のベクトルは自分に向けられているから、なんでも話せる。
「踊ってよ!」「英語喋ってよ!」が苦手。

じゃあもっと具体的に、なんで場を繋ぐ言葉の何が苦手なのか。
それは、僕の感覚で不自然と感じているから。

海外にいた=その場で英語話せる
ダンスしていた=その場でダンス踊れる

いや、別にできるんだけど。そこまでサービス精神はないし。
やったところで、「ほーーーーん」ってなるだけじゃないのか。何度も「ほーーーーん」ってなった経験はある。

この出来るでしょ、とか当たり前のような認識を不自然と感じているのだなと。

その人にとっての当たり前は、僕にとっての当たり前ではない。
また、逆も然り。
僕にとっての当たり前は、人の当たり前ではない。

最近僕は、自分の当たり前を人に強要していないだろうか。
歳をとってきて、当たり前が増えてきて、傲慢になっていないだろうか。

そう思う今日この頃である。
これからは、僕の言う、「当たり前」な言葉をかけられたら、スマートに返せるネタを考えよう。

TohataMamoru
スイス・湘南、現在は四ツ谷エリア在住。転職経験2回。現在は、父親の家業を手伝っている。最近ハマっているものは、午後の紅茶おいしい無糖。

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