ダムは都合の良い安定主義者だ。決壊させよ。

ダムみたいな人間だった。

人から教わったり、サポートしてもらうことはたくさんあったが、それを下に繋ぐことはあまりしてこなかった。

今思うと全然大したことないけど、常に自分のことで精一杯だった。自分が失敗しないこと、うまくいくことがまず保障されないと、他の人を助ける余裕がなかった。

結局、失敗することにビビってたのだと思う。

幸運にも人から助けてもらう機会にはいつも恵まれていくので、あまり失敗もしてこなかったし、助けてもらった分、自分の経験は蓄積していった。そのような時期がずっと続くと、ダムが水を放出するように、たまーに人に手を差し伸べていた。

でもそれ以外の時は基本的に自分のところで、これまたダムのように流れを堰き止めていた。

 

それが少しずつ最近変わってきた。

きっかけは就活の時のある人との出会いだった。

その人はある会社のいわゆるリクルーターと呼ばれるポジションの人だ。年間100人以上の学生を相手にしているにも関わらず、自分に惜しみなくたっぷり相談やアドバイスをしてくれた。

3ヶ月以内で3時間以上の面談を10回以上はしたと思う。それはただ「うちの会社に来い」といったものではなく、俺の就職先や将来の最適解について対話しながら二人で考えていく時間だった。

というかそもそも他人に対して、何故そこまで時間をかけられるのか不思議だった。

 

その人の仕事振りを見て、大河みたいな人だと俺は思った。雄大で、穏やかだけど、常に流れていて、様々なものを受け入れる許容性がある。

たくさんの学生と面談をしながらいつ自分の仕事をしていたのかなんて全く想像できないが、切羽詰まった感じはなくいつも落ち着いている。きっと変な学生ともたくさん会ってるのだろうけど、彼らを受け入れながら、自分のペースは崩さない。

 

ダムは全てをコントロールしようとしすぎる。水が増えれば放出して、水が減れば困ったと言う。限られた範囲の中でいちいち騒いでる。

都合の良い安定主義者だ。

ちっちぇ。

 

自分はこんな人間だったと思うし、まだそれは完全には拭いきれてない。

でも少しずつ、ダムの決壊を試みる日々が続いてる。

大学で現役の時は後輩にダンスを教えることはあまりなかったけど、引退した今、後輩に「練習しましょ!」と言われたらすぐに日程を決めて実行するようにしている。今まで自分が堰き止めてきたものをせめて少しでも下に引き継ごうという自分の試みだ。

どれだけ忙しいと自分が思っててもとりあえずスケジュールにその予定をねじ込む。すると、忙しいと思っていたはずなのに、そこにちょっと時間をかけたからといって、何か締め切りが間に合わないことも、その他予定の起きた影響もゼロに等しかった。

自分で自分の限界をきめつけて、その枠に囚われていたということがよくわかった。ダムみたいに自分が決めた小さな枠の中でスケジュール管理してると確かに予定通りにはいく。でもそれ以上のものは絶対出せない。

不確実性を受け入れたり、限界に挑戦してみたり、自分で管理しすぎる癖を意識的に取っ払ってみる。すると確かに今まで感じたことがなかった流れみたいなものが生まれてきたと思う。

誰かに手を差し伸べるアウトプットの機会が増えると、自分に足りないものが見えて、次のインプットまでの流れがスムーズになった。

今までの自分だったら「これはさすがに無理かな?」と思うくらい予定を詰め込んでも、案外イケることがわかった。

 

結局なにをするにしても、完全に管理下に収めることはできない。トラブルは発生するし、自分が無理だと思っていることにも挑戦する必要があるときもある。

だったら、無理して管理する必要はない。自分が勝手に作り上げたダムを取っ払って、まずはせせらぎでもいいから、その流れに自分の身を任せてみることにした。

 

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