面倒くさいと思っていた礼儀に対して考えを改めた話

就活で使ってた顔写真

礼儀ってぶっちゃけ面倒くさいと思っていた。

日本では一般的に「礼儀」として守らなければいけないとされているものは多いと思う。食事に行った時の席順、電話の受け答えの仕方など、挙げればがキリがない。

これは社会に出るうえで必要なものとされるけど、それを正しく憶えて状況に応じて使っていくことに対して気が遠くなりそうだった。

 

例えば、日本語のメールとかめんどくさい。

「いつもお世話になっております。」

から始まり、まず本題に入るまでがとにかく長過ぎる。

「存じます」とか初めて見た時に衝撃を受けたのは僕だけでは無いと思う。

「先ほど弊社スタッフからご連絡させて頂いたかと存じますが」

って言われて、いや確かに丁寧な言い方だとは存じますけど、僕はわざわざそんな言い方しなくてもいいと存じた。

 

礼儀に対して改めて考えるようになったきっかけは就活だった。就活をする時期になると、みんな突然狂ったように礼儀正しいように振る舞い始める。なるべく悪目立ちしないように行動を注意する感じは、気持ち悪いと思ったし、今でもそう思うことは多い。

きっと企業側も必要以上に「礼儀正しく」振る舞う必要は求めていないと思うのだけど、みんな大事をとってそれっぽく振る舞っている。そのそれっぽく振る舞うっていうのが自分としてはどこか気持ち悪く感じた。

 

そんなことを思いながら就活をしていたのだけど、就活が終わって少し経った時、僕は偶然にも二人の経営者に会う機会に恵まれた。

二人とも、話が面白かったり、仕事に対する姿勢がかっこよかったという話はまた今度にするとして、なによりも僕が驚いたのは、その二人が一般的に礼儀として必要とされている振る舞いを年下の僕に対してあたかも当然のようにしてきたことだった。

「僕がやりますよ」と言ったにも関わらず、エレベーターに乗ったらすぐにボタンの側に行って開閉の操作をやったり、食事の席についたらすぐに水をグラスに注いでくれたり、ソファー席と椅子があったら僕をソファー席に座らせてくれた。

そこには「やってあげてるぞ」といった態度はなく、対等な関係として扱ってくれているように感じた。

今思うとアホみたいだけど、僕はそれぞれの機会で
「なんでそこまでしていただけるのですか?」
と聞いてみた。

すると二人とも揃っていっていたのは
「まあ、君への礼儀だよ!」
ということだった。

これはやられた。

 

礼儀の定義を辞書で調べるとこんなことが書いてある

社会の秩序を保ち、他人との交際を全うするために、人としてふみ行うべき作法。礼節。

大辞林 第三版

これを上記の経験を踏まえた上で僕なりに解釈すると、礼儀というのはつまるところ「他人に対するリスペクト」なんじゃないかと思う。

僕が会った二人は確かに礼儀正しい振る舞いをしていたのだけど、それはルールとしてやっていたのではなく、お互いが気持ち良い時間を過ごすために、年下の僕に対してもリスペクトをもって接してくれたのだ。

その器の大きさに感服したと同時に、礼儀のルールとしてあるものは、そういった人が自然に出来てしまうものが、普通の人もできるようにマニュアル化したものなのではないかと思った。

 

就活時の礼儀が気持ち悪く感じるのは、その多くが相手に対してのリスペクトはなく、あくまで自分の利益(内定)のための振る舞いだからだ。中身が形骸化して、上っ面だけで礼儀正しくしてるやつらはやっぱり気持ち悪いし、自分にはそれが出来ない。

ただ本当にリスペクトしている人に対して、それが正しく伝わるように礼儀を覚えるのも悪くないと思った。実際、経営者の二方と過ごした時間はとても気持ちよかったし、相手のことも自然と信頼できた。

リスペクトをもった関係を築き上げるために、僕も少し礼儀を勉強してみようかなと存じます。

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