オーストラリアと日本のハーフモデルによるパリコレ体験記(1/2)

私は身長が195cmある。

そしてオーストラリア人の父と日本人の母をもつハーフだ。生まれながら他人と異なる要素を多く抱えていた私は、他人との違いがとにかくコンプレックスだったのだけど、原宿でスカウトされたことをきっかけにモデル活動を始めた。すると、撮影現場には自分と同じハーフの人々がその違いを生かしている姿があった。私がコンプレックスとしていた対象を、長所に変えている人と出会あったことで私の心境も変化していって、自分に肯定的になれるようになってきた。まあとりあえず、それ以降学生とモデルを両立しながらやっている。

ずっと東京でモデルをやっていたのだけど、就活の時期が迫ってきたとき、このままいったら大学卒業して普通に就職するなーって思ってた。そんなときに、せっかくモデルをやってるのに海外に挑戦したこと無いな、と思い、挑戦するならパリコレでしょ!!っていう安易な考えから、昨年春にパリコレへの挑戦を決意した。

パリコレに実際挑戦してみてわかったことや、その過程を書いてみる。

パリコレのメンズのショーは1月と6月に開催されるのだけど、時期的に6月のほうは厳しかったので、2017年1月に焦点を合わせて準備を進めていった。

そして実際に挑戦した。2017年元旦にパリに飛び立ち、そのまま1ヶ月間滞在した。オーディションが1月2日から始まり、ショーが18日から22日までの約1週間かけて開催される。これがいわゆる”ファッションウィーク”というもので、この期間中に開催されるショーが一般的に”パリコレ”とされている。これに出るために1ヶ月丸々捧げた。

パリコレに挑戦するにあたり、私は一度2016年7月末にパリへ渡っている。パリで事務所を探すためだ。パリコレに出るためにはまず、パリにある事務所に所属している必要があり、事務所に所属していることがいわばパリコレの挑戦の前提条件なのだ。私は事務所を見つけるためにパリに1週間滞在してたくさんの事務所を回った。

まずこれがドキドキだった。

事務所を探すといっても、とくにつてがあったわけではなかったので、全て突撃だった。飛行機のチケットをとった後にいろんな事務所に自分のモデル写真を添付したうえで、会って欲しいと連絡したのだけど、どこからも返信がなかった。だからといって諦めるわけには行かなかったので、ネットで事務所を検索して、ただただ突撃した。

事務所に出向いて、「僕こっちでモデルやりたいです。よろしくお願いします。」って言いに行く。するとあっちも慣れた感じで「Oui」とかいって、事務所内に案内されて、まず名前とか体のサイズ、メールアドレスなどを用意された紙に書き込む。その後に写真を何枚か取られる。顔の正面、横顔、全身の正面、横とか、あとは事務所によってはポーズしてみてーとか言われながら言われた通りにやっていく。それで次はなにかと思うと、「はいオッケー!んじゃあ、またねー」って言われて帰される。10ヶ所くらい事務所を回ったが、どこにいってもそうだった。

正直「終わった」と思った。あとで連絡するねー、とか言って何も連絡こないパターンだと思った。メールの返信もなかったのだから、そりゃ突撃しても変わるわけないか、と落胆した。連絡が来ないまま、私は日本に帰国し、パリコレの夢は途絶えたと落ち込んでいたのだが、数日後、いくつかの事務所から連絡が来た!

「社内会議で話した結果、君には是非この事務所に入っていただきたい」といった旨のメールがきたのだ。本当に海外の事務所の仕組みがわかっていなかっただけだったのだけど、突撃で来る人には一旦その場で写真を撮って、良いと思ったらあとから連絡するというパターンが多いみたいだった。日本の事務所は面接をして、そのまますぐに決まったので、システムの違いがわからず、無駄に落ち込んでいただけだった。

後からわかったのだが、多くのモデルは自分の母国で所属している事務所の紹介を通して、海外の事務所に所属することがほとんどみたいだった。モデルというのは複数国で活動をしたい場合、国ごとに事務所に入る必要がある。パリでの仕事はパリの事務所から、ミラノでの仕事はミラノの事務所から、といった調子だ。事務所には事務所同士のコネクションがあるので、所属モデルが海外の事務所に入りたい要望があれば、いくつか事前に連絡をしてくれて、その上で事務所に趣き、マネージャーに会いに行くのだ。従って、どこの誰かかわからないやつ(俺)からのメールはほとんど読まずに終わる。というか実際にパリの事務所の人から、あんま見てないなー、と言われた。

私が所属していた事務所は日本ということもあり、たまたまヨーロッパとのコネクションがなかったので、どちみち突撃しか方法はなかったのだ。

とりあえず、よかった。笑

一番感じのよかった事務所に入ることにし、とりあえず、パリコレ挑戦の切符を手にすることができた。

そこから約5ヶ月後の2017年1月のパリコレに向けて、私は準備を始めた。

次はパリで実際に起きたこと、オーディションからショーまでの流れなどを書いていきたい。

1件のコメント

  1. ニコ!190と思っていたら、知らぬ間に195に!?冗談で言ってた200は行けそうね。パリコレ✨✨おめでとうでした。みんなに我が事のように自慢しています。

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