生バンドの振付とポートレイト(絵)

最近、生バンドに合わせて踊るイベントの振付をしている。「WEFUNK」というイベントだ。

ダンスのショーケースを作る(振付をする)ときは、踊る音源を自分で編集し、本番ではその音源に合わせて踊る。
でも、WEFUNKでは、ダンサー側が制作したその音源を、バンドがLIVEで演奏してくれる。

それだけでダンサーとしては十分過ぎるほど贅沢なのだが、最近は、このイベントで一番楽しいのは、ダンサーの中でも、特に振付なんじゃないかと思うようになってきた。

ショーケースを作るときに、一番と言ってよいほど大事なものは、音源だと思っている。

だからこそ、僕は音源作りを大事にしているし、その作業はそんなに嫌いじゃない。

曲全体の構成考えながら、こういう流れでもってければ良いな〜とか妄想しながら、音を編集するのは結構楽しい。

でも、その作業の過程で、だいたい毎回ぶつかる壁がある。

その音編作業は、前提として、録音されている音源を繋ぎ合わせることしかできないため、元の音源に含まれている音の繋ぎ合わせを超えるようなものを夢想した場合、イメージを再現し切れないのだ。

しかし、生音イベントは違う。

WEFUNKで振付をする際は、まずダンサー(振付)側で音源を制作し、バンド側とその音源についてイメージを擦り合わせする。
そこで共有したイメージをもとに、バンドが実際に演奏して録音した仮音源を制作してくれる。
その仮音源に対して、またダンサー(振付)側からフィードバックをするという流れを繰り返す。

そうした制作フローを通すことで、振付師は、自分で編集した録音音源で踊る時にはどうやっても再現できないような、音源に対する自由度を得る。

ここにコール&レスポンス入れてLIVE感出したいなあとか、この曲の繋ぎはこういう感じで出来ないかなあとか、ドラムソロとかここらへんで入れられないかなあとか。

まあとにかく、バンド側と連携できることで、ダンサーだけでは表現できなかった部分に手が届き、何かを作る人間としては非常にエキサイティングな訳です。

だから最近はそれがすごく楽しいんですが、こないだ、この快感が何かに似ているなと思ったら、画家の友達が自分の絵を描いてくれた時の快感に近いなと思ったんです。

友人が僕のポートレイト(写実的なものでなく抽象的なもの)を描いてくれたとき、僕自身が何かをした訳では一切ないのですが、自分の表現の幅が広がったような気持ちになりました。

表現する側とされる側で立場は違うかもですが、生バンドの振付をすることも、ポートレイトを描いてもらうことも、どちらも自分では表現できない部分を、自分の持っていない表現力を持っている誰かの力を借りて、アウトプットへ繋げる。

そういう類のアウトプットは、自分だけで出来ない部分があること前提なので、期待値にかけることしかできない部分も多い。だけど、その期待値にかけるリスクを許容することができて、かつ、上手く噛み合せることができたら、得も言われぬ快感だよなあ。

そういうの、もっとやりたいですなあ。

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