鏡に映る自分にフィルターをかけないで見る。

表面上の解決は速いが寿命は短い。

根本的なところからゴリッと変えていくのには時間がかかるが、確実に将来の自分への投資になる。

 

自分が尊敬できると思う人には共通項があることが気がついた。それはとにかくスタンスを重要としている人だ。

小手先のテクニック、何をどうやって行うか、といったことよりも、自分がどのようににある事象に向き合うべきか、本質を見つけその解決をする、といった根本的なスタンスを重要視している。

 

今僕は8月中旬にあるダンスのコンテストに向けて、14人の仲間とともに作品を作り上げている。

その作品はリーダー兼、僕のダンスの師匠、ゴーさんが作っている。そしてゴーさんは最近よく「自分の身体感覚を鋭くしろ」と言う。僕が踊っているロックダンスはシルエットが揃いやすく、全体で一体感を出し、勢いで魅せるショーが多い。とくにコンテストなんかでは、体のシルエットを揃えろ!と言われる印象が強い。

でもゴーさんは全くそんなことを言わない。「表面的な部分ではなく、もっと深い部分で揃えろ」と言う。ここでいう深い部分というのはリズムだったり、音の捉え方だ。

練習では、曲のドラムのリズムをみんなで円になって手拍子を叩きながら揃えたり、歌詞を口ずさみながら踊ったり、振り付けで取る音を大声で口に出しながら踊ったりする。どの音をとっているのか、どのようなニュアンスで踊るべきなのかを頭で理解し、チームで共有するところから練習が始まる。まさに曲に対する身体感覚を鋭くしていく作業だ。

これはかなり異質な練習だ。僕が大学生のときは、鏡に向かって踊り、ここが揃ってないだの、ちょっと遅れてる、といったことを揃えていた。今回は音に向き合ったあとに、共有のためにチームメンバーと向き合っている。意識の矛先が鏡のような表面的な判断の部分よりも、身体の感覚、頭、人といった内面的な部分に向いている。

音への向かい方、チームとの揃え方を根本的なところから変えようとしている。

変な練習ではあるが、これをチームで共有しておくだけで、驚くほど揃うようになるのだ。

 

今回のショーケースに出ている尊敬している同期が、うまくなるために心がけていることの一つとして「鏡や動画に映る自分にフィルターをかけないで見ること」と言っていた。

身体の部分から、理解をしているのかをまず大事にするという。鏡でうまく踊れているように見えても、踊りながら違和感があればそれに徹底的に向き合う。それを解決するまでその部分の練習をめげずにやり続ける。

その作業が長期的に見て成長に必ず繋がる。表面ではなく根本的な部分を変えていくスタンスをこれからも忘れずにいたい。

 

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