慣れない言語を話すことと、初めてかける営業電話は似てる

最近仕事で営業電話をたくさんかけた。営業電話をやったことがある人ならわかってくれると思うけど、なんか最初は緊張して言いたいことが言えないし、話しながらカミまくってしまう。わけわかんないことも言ってしまう。

俺の一番最初のミスは、電話をかけて開口一番、

「お電話ありがとうごまさいます!〇〇かぶしさ会社のニコラスです!!!」

と言ってしまったこと。いや、電話かけてるの俺の方だし、カミカミでなんも言えてねぇ…

相手もわけがわからなかったようで、一瞬の沈黙の後

「…はぁ。」

と困惑の声が電話越しに聴こえてくる。

テンパりは止まらず、「何かお困りのことはございませんでしょうか!」と突然問いかける。

相手は「…なんの?特にありませんけど。」と即答。

「そうですよね、失礼致しました!」とすぐに電話を切ってしまった。

いろんなパターンに対応できるように、入念に原稿を準備していたはずが、なんの役にも立たずボロボロだった。周りには上司、同期、年下のアルバイトが座っている。初めてとはいえ物凄く恥ずかしかった。

10件くらいこのようなテンパリ電話は続いた。そもそも会話が続かないので、商品が売れるわけない。声もどんどん小さくなり、受け答えも弱気になっていった。

この心境、なんか久しぶりな感じがするなと思い、過去の経験を思い返して見ると、それはオーストラリアの学校で最初全く英語を喋れなかった時の状況と似ていることに気がついた。

僕は見た目が外人寄りのハーフなので、英語は最初から喋れたように思われがちだけど、実際そうではない。

僕は小学4年生の時、家族で日本からオーストラリアに引っ越した。そしてまだ「ハロー」くらいしか言えなかった僕を、両親は現地校に入れたのだ。

今思えば感謝しかないけど、当時は結構しんどかった。誰ともスムーズにコミュニケーションを取れないというのはなかなかもどかしいものだ。周りは優しい人ばかりで親切にしてくれるのだけど、その優しさにすら返す言葉がうまく見つからないことが辛かった。

とにかく当時の僕は英語を「上手く」喋ることを重要視していて、発音も間違えないように、発音方法がわからない単語はわかるまでなるべく喋らないようにした。発音間違えるのことが恥ずかしいことだと思っていたのた。当然、発言頻度はなかなか上がらず、声も小さくなり、友達からもよく、え?なに?聞こえない?とか言われていた。

ただ、そんなヌルい勉強方法をしていても、周りに日本語を喋る人がいない環境というのはなかなか強烈なもので、半年も立てば自然と英語は喋れるようになった。

ただ英語を喋れる側の人間になったものとして今思うのは、別に相手の発音なんて気にしないってことだ。まあよく言われることではあるけど。

少し時間がかかっても言いたいことが伝われば問題ない。むしろ発音を気にしてゴニョゴニョ申し訳なさそうに喋られる方が気を使ってしまって面倒だったりする。

コミュニケーションは一方的なものではなくて、互いに共有していくものだから、話す方が一方的に気を使う必要は全くないのだ。そんなことは喋れるようになってからやっと思うようになった。

営業電話について話を戻す。ひどい会話(会話にすらなってなかったか)をいくつかやった日の夜に、なんでこんな上手くいかなかったのかを考えていて、今の俺って英語喋れなかった時の俺と同じじゃん!!と気づいたのだ。

営業電話をかけているからといって、別にかしこまる必要はないし、お金を要求することも別に悪いことはではい。堂々とやればいいのだ。

そう思った僕は、えいや!との思いでたまたま空いていた上司の前の席にわざわざ座りに行ってはっきりと喋りながら、電話をするようにした。

そうすると何本か電話かけた後に上司が僕に話しかけてくれて、
「ニコラスくん、今の会話の入り方は強引だね 」とか「電話で”俺”って言っちゃってるよ(笑)」とか小さいことだけど、たくさんアドバイスをもらえる。

恥ずかしいのはむしろ、無駄なプライドが邪魔して、失敗を恐れて、何も動かないことだと思った。そして、上手くなってからみんなの前でやってみようとか言ってると一緒かかっても無理だから、早いうちにダサい姿を曝け出した方がいいなとも思った。

うわ、これめっちゃいいこと言ってんじゃんと思ったんだけど、すで徒然草に書かれてたよ。

能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得てさし出でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。

(芸能を身につけようとする人は、「うまくないうちは、うかつに人に知られないようにしよう。内々でよく練習して上手くなってから人前に出たら、たいそう奥ゆかしいだろう」と常に言うようだが、このように言う人は、一芸も身に付くことは無い。)

第150段 能をつかんとする人、

ちーん。

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